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ロックンロールの誕生(50年代半ば)について

アメリカの白人音楽市場に黒人商業音楽が乱入した出来事である。これを契機にアメリカでもヨーロッパでも、うたにおけるEとBとの合体の動きが活性化し、そのなかで、音階的には日本の民謡と同じラドレミソからなるメロディが、特にインストルメンクルの曲に多発するようになる。黒人的要素を含んだ欧米のうたは、日本語化してテレビでもよく流れ、歌謡界も「ニューリズム」作戦を繰り広げたが、それらに「うた心」を変えるほどの浸透力はなかった。

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時のテーマは近代西欧化達成にあり、ヨーロッパ的旋律を取り込んで日本を歌う(下町の太陽)や(ウナセラディ東京)が時代の気分を映すという構図は頑丈だった。このうたの体制に対するカウンターな動きが、フォークやロックを通して音楽に触れ、ギターを于に曲作りを始めた戦後生まれの層から出てくる。彼らは(朝日のあたる家)など、ブルースに影響された二六抜き短調の歌にも親しんでいた。音階的にこれは日本の民謡と同じである。そうした新しい流れに対応して、歌謡界もそれまで疎んじてきた日本的旋律展開(ことに長2度の終止)を解禁する。解禁は(真赤な太陽)(恋のハレルヤ)(恋の季節)など、ポップス系の流行歌から始まったが、1973年までには、日本の伝統民謡に根ざすしっとりしたメロディの曲が、ヨーロッパ的に美しい和音につつまれて大衆的に享受されていた。では、BとJに関してはどうなのか。「黒人的」と「日本流」の結びつきは、今日に至るまでにどのようにして、どの程度達成されてきたのか。これは多分にリズムやビートと関わる問題です。〈うたの腰〉を論じていかなくてはなりません。