翻訳者は断固とした姿勢をとる必要がある。翻訳は、楽をしようと思えば、楽をすることもできる仕事なのだ。意味を考えなくても、訳文の完成度を高めようと努力しなくても、訳文を作ることはできる。英文和訳を考えてみれば、この点はすぐにわかるはずだ。意味を考えない訳、「原文の表面に忠実」という建前に甘えた英文和訳調の訳であれば、じつに簡単に、じつに機械的に、訳文を作っていける。専門用語は専門家が見てくれるし、訳文がこなれていなければ、文章の専門家が直してくれる。そう考えていると、たしかに楽になる。しかし、翻訳の質は向上しない。それどころか、かならず低下していく。手を抜くことを覚えれば、まともな翻訳はできなくなる。翻訳とは、書く作業の全体に対して責任を負う仕事だ。だからこそ、魅力のある仕事なのだ。翻訳とは本来、新しい情報を取り入れるためのものだ。『蘭学事始』に描かれた『解体新書』の翻訳の過程こそが、この仕事の原点である。それまでに聞いたことがなく、読んだこともない内容を理解し、読者に伝えるのが、翻訳者の本来の役割である。だからこそ、翻訳は魅力のある仕事なのだ。翻訳とは、内容を理解し、意味を理解し、意味を伝えられる文章を書く作業である。原文を読んだときに翻訳者が理解する内容、理解する意味は、それほど単純ではない。表面の意味があり、その裏の意味があり、さらにその裏に意味がある。消費者向けの機器の使い方を説明した技術的な文章なら、内容も意味も単純なはずだと思えるかもしれない。