一九九〇年代の終わり頃から二〇〇〇年代初めにかけて日本を席巻した厚底靴ブームは、数多くの情けない事故を生んだが、なかには死者の出たケースもあった。一九九八年八月、東京の青葉学園短期大学でアパレル関連の問題を研究している石井照子教授は、厚底靴で階段から落ちた学生がいると聞き、五四〇人以上の学生全員を対象に調査を行ってみた。厚底靴を履いていて転んだことがあると答えたのは全学生の二三%であり、その結果怪我をしたのは約半数、骨折に至ったのは三人だった。一九九九年、一三センチの厚底靴を圖いていた二五歳の保育士が歩道で転び、頭蓋骨骨折で亡くなった。同じ年には、二〇歳の女性ドライバーが、厚底靴のせいでうまくブレーキが踏めなかったために、自転車に乗った一三歳の少女を轢いてしまう事故もあった。二〇〇〇年三月には、一九歳の少女が電信柱に激突して死亡した。警察によれば、事故原因は、一五センチの厚底靴を履いていたために急ブレーキをかけられなかったことらしかった。また、同年、三〇歳の女性が横断歩道を渡っていた八歳の男の子を轢いて死亡させる事故もあったが、これも厚底靴のせいでまともに運転できなかったことが原因だった。こうして傷害・死亡事故が相次いだため、大阪府は、厚底靴での運転を禁止する処置を取っている。